
「推しは推せる時に推せ」
この言葉、もう”オタク用語辞典・第一項“に刻んでいいと思う。
かつての私はその教えに忠実で、年間24本のイベントに全力投球してた。でも最近、ふと気づいたら…通知だけが山ほど届いて、肝心の動画は未再生だらけ。
未再生フォルダが“積み動画”の山になっていて、もはや崩せる気がしない。
推し活を阻む最大の敵、それは”日常“
推し活を阻むものとして、まず思い浮かんだのが、体力の低下。
20代前半の頃は、15連勤した翌日に日帰り遠征とか余裕でできたのに、今は仕事を終えただけでエネルギーゼロ。スマホで動画を開く気力すらなくて、通知だけがまたひとつ…。
次に思い浮かんだのが、転職で伸びた通勤時間。
コロナ禍の転職で“リモートOK”に期待して、ちょっと郊外に引越した私。でも気づけば、出社が当たり前の世界に戻り、片道1時間半の通勤ライフへ突入。往復3時間、もう映画1本観られるじゃん…。あの、「基本リモートです」って面接でいっていたの、まさかの幻だった?
とはいえ、会社に文句をいえるわけもなく、静かに毎日3時間を差し出している。睡眠と自由時間を供えて。南無。
SNSを開けば「朝活で筋トレ」「夜は勉強」な光の民たち
そんななかでも、ちょっとでも推しにふれたいなーと思ってSNSを開いたら、「朝からヨガ」「帰宅後に資格の勉強」みたいなまぶしすぎる投稿がタイムラインにずらりと並んでいて、思わず目を細めた。
一方の私はというと、朝はスヌーズ連打で布団と戦い、夜は冷蔵庫を開けて「これ…賞味期限いける?」とにらめっこ。帰宅後に勉強できる人たち、本当に同じ人間?私なんて、最近読んだものといえば、冷凍餃子の裏面くらい。てか、あの説明文、情報量多すぎじゃない?
たどり着いたのは、「金曜の夜はお風呂をやめる」という選択
もうね、完璧な推し活は無理って割り切った。でも、何もできないのも苦しい。だから自分なりのルールを作った。
それが、「金曜の夜はお風呂をやめる」という英断。その分できた1時間を、推し動画のために使うことにした(もちろん、次の日の朝には入る…さすがに)。
湯船につかりながら動画を観ることもできるんだけど、正直それすらしんどいくらいクタクタな日ってない?
お風呂って、地味に体力も気力も使うんだよね。お湯をはって、入って出て、ケアも込みで、なんだかんだ小1時間コース。
だからその時間をまるっと推しに捧げたい日もある。
たった1時間だけど、それだけでだいぶ違う。集中して推しにふれた感があるだけで、心が軽くなるというか。「自分時間=心の酸素」だなーと、しみじみ。
推しの休業で我に返る
風呂キャンしてまで、推しへの時間を手に入れた私だったが、そんな折に推しの活動休止のお知らせが飛び込んできた。
「体調不良のため、しばらくお休みします」って。もうその瞬間、感情がジェットコースター状態に。
「無理しないで!とにかくゆっくり休んで!」って心から思ったと同時に、正直ちょっと怖くなった。
あれだけ元気だった推しでも、急にお休みしなきゃいけないことがあるんだったら、「私だって急に倒れることもあるんじゃない?」って。
私が“活動休止”をしたところで、誰も“お知らせ”なんて出してくれない。自分でなんとかするしかないし、もちろん給料も振り込まれない。
そんなことになったら、推しに会いに行くお金も時間もなくなるじゃん!?!?
推し活って“心の支え”だけど、実際にはお金も必要。そう思うと、推し活の未来を守るための保険って、めちゃくちゃ大事なのかも。
「安心してオタクを続けるための備え」って考えると、保険が急に身近な存在のように感じてくるから不思議。
安心のかたちは、人それぞれ
とはいえ、いきなり保険の資料請求をするとか、そんな意識高い系なことをするわけもなく。「今月ちょっと節約しよー」って思っているんだけど、気づいたら特典映像欲しさにBlu-rayをポチってる。これでも、自分比では節約した結果です、一応。
でも最近は、「推しが今日も元気でいてくれる」ってことが、ある意味一番の安心材料なんじゃないかって思ったりする。
それってもはや、心の保険みたいなもんだなーと。いや、さすがにそれだけじゃだめか。
そろそろちゃんと、現実の保険の話も考えないとな。
生活者向けのイベントディレクターや広告ディレクター、雑誌・Webメディアの編集等を経験し、ライターへ。推しと美容と旅行が好きなどこにでもいる30代。